2012年は一本もこの場所に書かなかった。きっと誰にも出会わなかったからだろう。いや、そうじゃないかな。きっと誰とも別れたり、離れたりしてないからだろう。今日はすごく久しぶりに、部屋でEWF の September を聞いて泣いたり叫んだりしてしまった。自分の過去にあったありったけの夢を思い出した。でも、それはまだ続いてる気もしてる。散文は苦手だ。でも時々、友達のことを誰かに話したくなる。僕は不思議な性分なのかもしれない。時々、長い間会ってないやつのことを思い出して、デジタル・レコーダーにそいつの話を吹き込んだりしているから。でも、何だか昔話みたいになっちゃよくないじゃないかそんな年でもないし、とも思うのだけれど、おセンチな感情じゃなくってあいつの良いところとか、皆に教えたいとは思うんだよね。余計なお世話か。
2011年11月28日月曜日
2011年6月3日金曜日
2010年11月12日金曜日
Breath
私たちがまだ小さかった頃、夜中にベッドにもぐりこんで、呼吸の数を数えてたことがあったわね、これから100年生きて、一体何回こんなこと繰り返すんだろうって思ったら、突然息が吐けなくなって、背中がすっと冷たくなったこと、覚えてるかしら。
それがはじめて体験した、私たちの時間だったと思うの。
今ならわかるわ、息を吸って吐くまでの、瞬きの間に、全てのことは起こってしまうって。
私たちがそのことに気がついたのは、ずいぶん遅かったわね、未熟だったのかしら。でもあの頃は、人生が永遠に続くと思ってた。だから代わりに、唄を覚えたの。
本当に息を吸って吐くように唄うことなんて、彼にしか出来ないけれど、皆がそう憧れて、失敗を繰り返してきたこと、話すことは出来ると思う。そんなこともあったねって、いつかあなたに会ったらそう言って、笑ってくれるかしら。
2010年10月1日金曜日
2010年9月24日金曜日
観覧車に乗った日
空港に降りて市内に入るバスを捕まえる、真夜中を過ぎて道に霜が降りていた
半日遅れた便の出発を待ちながら、俺は一枚も写真をとらなかった、ただ手紙を書いていた
この小さな空港のレストランではアルバニア語を話す女しかいない
「会社からのサービスだ」
差し出されたコカ・コーラを飲みながら、男の台詞を思い出した
「私達の言葉を学ぼうとするあなたに敬意を表して英語は話さない」
少しも嬉しいわけじゃなかった、それでも俺は泣いた、今は必死なんだ、こんな二度と会わない他人が分るくらい、俺は必死なんだ、そう分ったから俺は泣いた
残りの客と反対の道を歩きながら、東京に電話をした、今は朝だろう、おかしいぜ、初めてこの街に来た気がするんだ
2010年8月21日土曜日
いましかない
不必要な重みと体積を伴った本が机に置かれていなかったら、僕は何かをしようとは思わなかったろう
過去と現在を上手に繋いでストーリー・テリングをこなすことが出来なくなってしまって眠れなくなった次の日に、
本屋で見た『HIP The HISTORY』と『New Horizons in Jazz Research』を見てすぐに気付いた、
今の俺にはエクリチュールが欠けている
すぐに近くを歩いていた後輩を捕まえて、HIP っていうのは今この瞬間にイケてるかイケてないかを最重要の関心事に据えて世界と対峙するアティチュードだって嘯いた
沈黙は罪だ、まったく個人的な意味を背負いながら
植草甚一さんの『僕がすきな外国の変わった漫画家たち』、僕にはこうしたおじさんはいない気がする、友達しかいない
ドナルド・バーセルミの『帰れ、カリガリ博士』『死父』、いつか高橋源一郎が紹介していたバーセルミの絵本が読みたい
藤井貞和さんの『詩的分析』、ジョン・ファンテの『塵に訊け!』、『中平卓馬の写真論』
そういえばピート・ハミルの『ボクサー』は原宿の Tokyo-Hipsters-Club で買ったんだったな、素敵な小説だと思う
意味のないことをする必要はない、ただ意味を殺したい気持ちはする
ジョルジュ・バタイユの『青空』、確か大学一年の時に、天沢退二郎訳だから買った
そういえば荒正人の『思想の流れ』には、いつまでも真面目な君、というソンタグの言葉がよく似合う
チェーザレ・パヴェーゼの『美しい夏』は先輩がいいって言うから買った、そういう本は捨てられないな
ただ不必要な質量を備えた書物に対して、限られた時間で出来ることはこうして名を連ねることだけだろうか
2010年8月8日日曜日
パーティーの後で
穂村弘の『シンジケート』が出たのは1990年、20年前か、悪い時代じゃなかったのかもしれない
もう一つ『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』、『車掌』、『いじわるな天使』、『求愛瞳孔反射』、『回転ドアは、順番に』
川上史津子の『恋する肉体』
藤井貞和さんの『ことばのつえ、ことばのつえ』はいただいたものだから、大事にしたい、「カナリアのうた」の朗読は素敵だった、『人間のシンポジウム』、『ピューリファイ、ピューリファイ!』もいただきもの、『パンダ来るな』のCDは工藤さんに差し上げたから今手元にはない、初めて読んだ現代詩は藤井貞和さんの「雪、nobody」じゃなかったかな
それから『織詩』と『神の子犬』、いつもこうした詩集を手に取ると、「不必要な」重さや大きさに気付く、もし全ての本が液晶画面に浮かぶ姿になったら、決して誰も「不必要な」本を読もうとは思わないだろうな
谷川俊太郎の『コカコーラ・レッスン』、誰か高名な詩人か批評家が刊行時に「最高傑作」て言っているのを見て買った気がする、逆だったかも
『夜のミッキー・マウス』と『真っ白でいるよりも』、この2冊はお気に入りで、『夜』は本屋で立ち読みしてすぐ買った気がする、『白』は高校生の時のものかもしれない
そういえば吉増剛造さんがこの前のトーク・ショ―でジャン・ジュネの『シャティーラの四時間』を持っていたな、鵜飼哲さんが同席してたからかな、持っているのは『黄金詩篇』、『花火の家の入口で』、『ごろごろ』以降の詩集、昔アイルランドの紀行写真集が欲しくて、たしか文京区の図書館で見つけたんだよな、その時はまだ多重露光にトライしてなかった
辻井喬の『ようなき人の』、この詩集を見ると大学一年生の頃に友達とサークルを作っていた時期のことを思い出す、確かこのタイトルだけに惹かれて買ったんだけど、今はそんなことも言ってられないな
田中エリスの『かわいいホロコースト』は下北沢の古本屋で買ったんだけど、渋谷から二子玉川に向かう田園都市線の車内で酔っ払った女に、この本が欲しい、って言われたんだ
松浦寿輝先生の『吃水都市』、いつも「水」という主題には驚きがあるけれど、いつもそうした個人的感傷を越えていくエクリチュールに気づく
現代詩文庫は増え続けるから割愛、でも粕谷栄市の詩集がこれだけなのは惜しいことだ、確か松浦寿輝先生が粕谷栄市さんの自宅がある街を車で通りかかって、この街に日本で最高の詩人が住んでいるのだ、と想う文章を書いていたと思うけど、そういう感慨はよく分る、その人に会わなくてもいい、街に行って空気を嗅いで歩けばいい、という感じかな
粒来哲蔵の『穴』はもっとしっかり時間をかけて読むべきだった、そういう本は多い
吉岡実の『ムーン・ドロップ』は高松駅から10分くらい歩いたところにあって偶然入った古本屋で見つけたもの、素敵な店長が居て、色々親切にしてもらった思い出がある
『エリオット詩集』は大江健三郎の本に引用されているのを読んで古本屋で買ったんだっけ
先週は古本市で1954年の『荒地』、田村隆一の『詩と批評』を手に入れた、これが最後に買った本になっても、いいや
2010年7月20日火曜日
2010年6月16日水曜日
二十七冊の本
赦された時間で、一体何冊の本が読めるだろうか、何度彼女と食事の席につけるだろうか。
部屋の中を廻って、大切な本をスーツケースに詰め込んでいく。
石川淳/狂風記
ジャコメッティ/私の現実
鮎川信夫/宿恋行
吉田健一/時間
ジム・トンプスン/残酷な夜
村上龍/だいじょうぶ マイ・フレンド
高橋源一郎初期三部作
ジャン=ルネ・ユグナン/荒れた海辺
J・D・サリンジャー全作品
ロベール・ブレッソン/シネマトグラフ覚書
ボリス・ヴィアン/うたかたの日々
島尾敏雄/死の棘/死の棘日記
小島信夫/抱擁家族
マニュエル・プイグ/ブエノス・アイレス事件
藤井貞和全詩集
マイケル・オンダーチェ/ビリー・ザ・キッド全仕事
テレサ・ハッキョン・チャ/ディクテ
ジョン・バース/旅路の果て
田村隆一/腐敗性物質
堀口大學/月下の一群
石川達三/僕たちの失敗
吉増剛造/花火の家の入口で
リチャード・ブローディガン/愛のゆくえ
レイモンド・チャンドラ―全作品
フィリップ・ロス/さようなら コロンバス
古井由吉/杏子
ポール・ニザン/陰謀
2010年5月22日土曜日
a little will
2010年3月17日水曜日
spring to another summer
昔クロス・オーバー・イレブンというNHKラジオの番組が好きでよく聴いていた。エッセイのようなショート・ストーリーのようなMCの語りとAORやソフト・ポップ、あるいはラウンジ・ジャズが交互に挟まれる形で進行していって12時を少し過ぎたところで終わる。きっとそんな聴き方は誰もしていないだろうが、語られる話自体はとてもゆっくりしたテンポのMCと相まってアイスが溶けたウィスキーのように意味を薄めていき、当時フリージャズに傾倒していた僕の浅はかな思いこみによるものだろうが、選曲の現代から逃避したようなあまりの潔さと清冽さも加わって、どこかこの番組自体が一つの大きな悲しいジョークのように思えてしまうのだ。もちろん熱心にラジオのチューンをあわせていた時はそんなこと思いもよらず、ただなぜ音痴の中学生がコンクールで皆に囃したてられ涙を流す話をするのか、なぜそのストーリーが終わるとジョージ・ベンソンが流されるのか、訳も分からず一体この番組が誰に対して何を目指しているのかもわからなくて、ただ一週間毎に繰り返されるその放送をエア・チェックしていた時期を思い出すと、ベッドに寝そべっていた僕の顔には困惑に似た、けれどもまるで透き通った微かな笑みといえるものが浮かんでいたことは確かだった気がする。数多くあったラジオ番組の一つとして、そしてラジオの特質をなぞる様に、僕はまるで一つのふざけた時間の共有を行っていたんじゃないだろうか。家族との夕食やテレビを時にはひとり抜け出して部屋に籠り、名にくわぬ顔で周波数を探りその声を見つける。そして時間が来ると未練もなくスイッチを切り布団をかぶる。時間と書いてしまったが確かにその一時間や二時間こそ僕にとっての一時間であり二時間なのだ。
そんな記憶を引っ張り出してくる必要などもうあるのだろうか。どうやら番組も終わってしまっているようだ。でも僕はいまでもときどき真夜中が近づくと手のひらのMP3プレイヤーでFMの周波数をさぐり、あのとき聴いた未だかつて、そしてこれからも出会うことがないような声をさがしているのだけれど。気づいたら僕もその人の口調を真似て、固い唇と白い肌の思い出に似た物語を始める時が来ているのかもしれない。
部屋に詰め込まれた何百冊かの本の中から明日のために林浩平/裸形の言ノ葉、秋田昌美/ヴィンテージ・エロチカ、パトリック・ベッソン/ダラを持ちだして鞄に詰める。家の外の桜はまだ咲いていない。
2010年3月5日金曜日
松山の梅
松山へ旅行をした。待ち合わせをした人に連れられて、砥部町の梅祭りに立ち寄って、紅白の梅を見た。
軒先に並んだ手作りの漬物や梅干しのうち梅の実を味噌で漬けたものに手がとまり松山から大阪に出航したフェリーの船室で誰も寝静まった後につまむ。外では時化た海と風の音がボイラーかベッドで寝てる彼女の鼓動か分からなくなるほどに耳を打った。窯を覗いた後に手を十分に洗い上着を一枚脱いで土をこねてろくろに乗せる。手本を見せてもらおうと目を凝らすけれど岩のようにろくろの真中に据えられた両手の中に土が隠され次第に一本の蛇のようになって隙間から伸び出た後はいわゆる茶碗の形となる時間を真似できるわけがない。松山城から車に乗って山を越えて小一時間も進むと十字路の隅にさりげなくあったうどん屋に入り釜揚げうどんをご馳走になる。熱い茹で汁に浸かった両手いっぱいほどの中太麺を少量の味噌で溶いて柚子とたぬきと小葱を足したタレに絡めて食べるのだけれど麺を前歯や上唇や舌の先で噛み切った時の熱をそれから一週間も過ぎた今になっても思い出す。帰りの車の中で店主は山肌に出鱈目な化粧を施す趣味があってそれにかかる絵具代を稼ぐためにうどん屋を開いたことを知る。四国に色々と美味いうどんはあるけれどあの店は次元が違うという言葉を聞いてその意味が分かることが年を経ることに近いと空想してしまう。
僕がこの短い旅行のことを一枚の景色に描くことが出来るのはもう少し先のことだろうか。
2010年2月17日水曜日
2010年1月21日木曜日
友達の日
1月19日は友達の日だった。気分を重くして過ごす。何かをするわけでもなくて、夕方に近所の神社に行って手を合わせただけ。
そういえば、あいつに似た顔をしているやつを見たことはない。
あいつの本当に笑った顔も見たことはない。
皮肉屋だったから、自信たっぷりの顔をしていることが多かったんじゃないかな。
なんでそんなことになったか忘れたけど、大学近くの喫茶店で、お互いの書いている文章を見せあった時があったっけ。
その時小ぶりのテーブルに向かい合って、俺があいつの小説を読んでいると、「こういうのはドキドキするもんだよね」って言ったんだ。
なんだか絵に描いたみたいなことをいうな、そういや喫茶店で原稿を読みあうなんて、少しイメージが古臭いんじゃないかと思って、なんだか面白くなってしまった気がする。
それから俺の言ったあてずっぽうの感想をあいつはノートに書きこんでいた。そんなに熱心に、俺の言葉にうなずくあいつは見たことがなかった。
必死になっているぜ、それは決して見ていて気持ちのいいものじゃないけれど、そういう時もやってくるんだな、って思った。
21歳だか22歳になって、あぁ大学も残り少ないしやりたいことやろうって思ったかどうだか知らないけれど、小説を書こうなんて、どうしてなんだろう、
やれる時間も少ないから旅行に行こう、ってそんなことは、思わなかったのかな、
思わずに、小説を書こうって思ったんだ、そうだな、どうしてだろうな。
2010年1月4日月曜日
What is your next song?
あまりにも時間がないことに気づいて、いますぐに歌わなければいけない、と思った。
「私が歌いたいのは、もっと別の声なんだ」、か。
そんな風に思うのは、少し頭のおかしいことだろうか。
少しだけ去年のことを思い出した。あの頃は色々と切羽詰まった気がしていて、はやく誰かに助けてもらいたかった。
今も状況は大して変わらないけれど、不思議と女に救われたいと思うことはなくなった、かな。
昔「君の嘘が僕の嘘になれば」って歌を考えて、その言葉の意味を友達に尋ねて考えさせていた時期があった。
what is your next song? はそれとは違って、自分の中で生まれたはっきりした意志からでてきた言葉だと思う。
「次の命へ」って書いてしまうと、抽象的だし大それた話に聞こえるから、軽くシンプルにしすぎるのは僕の悪いくせかもしれないけれど、
本当にそう思うんだ。「新しい命」ではなくって、「次の命へ」進まなければいけないって。
2009年11月15日日曜日
雪、nobody
ほらほら見せなさいよ彼女の写真を、もったいぶってんじゃないわよ、私が調べてあげるから。
行きつけだというお蕎麦屋さんに入って、目当ての店員がいないって管を巻いてた女は僕にこうからんできた。
その時僕は素直な学生で、てんで抜けていたから、威勢のいい酔っ払った彼女の言うがままだった。
19歳か20歳の頃、憑かれたようにインスタント・カメラで友達の写真や、自分の写真を撮っていた。
女子高生みたいだな、デジカメを買えよ、現像代が高くつくだろう、よくそう言われた。
その頃つきあってた女は決して自分の顔を撮らせなかった。
いつだったか何枚か、自分の姿を撮らせたことがあったけど、出来上がったプリントはくれなかったな。
今年の冬に別れた女はレンズを向けても顔を背けなかった。
写真をちょうだい、雑誌に送るからと、言ってたっけ。
本に挟んだ写真を取り出して、僕は女の言葉を待った。
目の前にいる友達の顔を撮って、それからカメラを渡して、自分の顔を撮ってもらう。
そんな儀式めいたことをよくしていた時があって、変な趣味だと言われると、
こうすると分かるんだぜ、相手と俺が、どんな関係なのか、って嘯いてた。
蕎麦屋で酔いが回ってそんな話をしたんだ。
女は写真を見て気を良くしていたが、僕にとっては写真を覗き込みながら逐一変わる表情が面白かった。
付き合ってどれくらいなのよ。
半年かな。
あぁ、別れるわよ、あと三月の命よ。
ここまで書いてから、僕は友達の女の子に電話をした。
来週一緒にランチを食べようと約束してたから、焼き肉にしようぜと言いたかっただけなんだけど、
私この前彼氏出来たの、と告げられた。
どうしてそんなこと言うんだ、ひどいぜ。
私達、長い友達だから言うけれど、あなたの軽い口調は嫌いよ、いいところも知っているけれど、欠点だと思う。
あなたのことを知らない人は、何も言わないか、きっと離れていくわ。
今付き合ってる人はね、僕を君の結婚リストの一番上に入れてほしい、って言ったのよ、
びっくりしたわ。
ごめんと何回も言って電話を切った。
僕にはもう、決して言えない言葉を、
簡単に言える男もいるんだな。
「大切なことは一瞬で起きてしまうから、だから私達、その日に備えて、
たくさん音楽を聴いて、一人部屋で読書しようと思ったの」
それって一体どういう意味なんだろう、訳が分からないよ。
2009年10月13日火曜日
この街の夜は
ホテルのロビーで知っている人の顔をみた気がして覗きこむと、彼女は僕の名前を呼んだ。
本当のことは言った方がいい、ただし嘘を少し、それともいっぱい盛り込んで。
でも、大切なことは言わない方がいい。
近くのカフェでコーヒーと甘いケーキを食べた。ライターがないのを見ると、マッチをくれた。
箱には「イヴは三つピストルを持ってる」と書いてあった。
笑いながら葉巻を吸う。
仕事を済ましてくると言った彼女を待つ間に、この街で一番賑やかな通りを歩いて公園まで行った。
去年の夏はこの場所を囲む壁に登って朝日を見た。
真下に流れる川の傍の店ではまだダンスミュージックが流れてた。
古本屋と画廊をめぐり、大道芸人に小銭を投げる。
ホテルのロビーに戻ると、彼女はソファに座ってた。
少し休憩しますか、もう出かけますか?
ここも有名な通りです、という言葉に連れられて、石畳の道を下る。
ジプシーバンドが演奏する屋台に入って、ビールを飲み、カツレツとサラダを食べる。
この魚はどこから来たの?あの川から?
これはうなぎみたいにね、とても細長くて、川の底に住んでるんです。
すごく柔らかくて、美味しい、きっと賢いんでしょう。
その通りですね。
後ろを振り返ると、雨が降ってた。この国に来て初めてみる雨だ。
でも誰も急いでないですね?
そうです、みんな家も近いんでしょう、でもみんな変わってます。
あなたは寒くないですか?
先週はひとりで家にいるのが嫌で街をぶらついたけれど、結局何もすることがなくって、
ビデオ屋でリバー・フェニックスのVHSを借りた。
タイトルは、さよならのキスもしてくれない、だった。それしか覚えてない。
あなたは結婚しないんですか?
そうですね、どうしてしないんでしょう。でもしないんですよ、きっと。
前に知り合った人は初対面で突然、子どもは何人いるの?って聞いたよ、びっくりだよね。
ほんとうですね。
でも不思議よね。
もう一杯飲みますか?という彼女に連れられて、また夜の街を歩く。
明るいのか、暗いのか、分からなくなってくる。
旅をしているからかな、ここは昼と夜が、とても違う気がする。匂いも、風も。
二人でライトアップされた教会を見る。
昔住んでた時は気づかなかった、とても大きいんですね。
家に帰るという彼女がタクシーに乗るのを見て、僕はホテルに戻った。
ベッドに入る前に、もう一度カーテンをあける。
オレンジ色の屋根が並んだ隙間から、大きな川と、そこにかかった橋が見える。
この街はすごくきれいと、そんな簡単な言葉を、
誰かに言ってほしかった。
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