2009年2月11日水曜日

約束はできない/ソリチュード



今は2009年で、2004年の4月から数えてもうすぐ5年が経とうとしていて、あと5年経てば2014年になるだろう。
当たり前のことだけれど、時間がたつというのはすごいことだと思う。
人には予知能力というか、先のことがわかる力があって、それはきっと誰にでもあって、
2004年に思っていたことが、今は現実になっている、なんていうのはごく普通のことだ。
ただ、今は2009年で、5年前の2004年のことを思い浮かべて、あぁ何だ、今俺がやっていることは全部、
2004年に考えていたことばかりじゃないか、なんてふとした瞬間に理解してしまって、立ち止まってしまうことは、
未来が見えることとは違って、すごいことだと思う。
恐ろしいことだ、とも、いえるのかもしれない。

でも最近の僕は一週間先のことしか分からない感じだけれど。
デートの約束も、再来週に、なんて言われると冷めてしまう。これはよくないことかな。
土曜日の飲み会に来たイタリア人は来月ならOKよ、って言ってた。つれないな、と思ってしまう。

高橋源一郎はこう書いている。
「相手の顔を見すぎるのはよくない、そんなことしたら相手が自分の顔を見れなくなってしまう。
だから相手が自分の顔を見れるように、70パーセントぐらいでぼんやりと見るべきなんだ。
それから残りの30パーセントで相手の顔の15センチぐらい横をみるといい」
「そこには何が見えるの?」
「自分と、相手の、未来さ」

僕の好きな小説は、「未来」について書いていることが多い気がする。単純に僕が暗い小説は好きじゃないだけかもしれないけど。ただ、好きな歌は、「過去」のことを大事にしているものばかりな気もする。ちょっと暗いぐらいの歌は嫌いじゃない。ただしみったれた歌は最低だ。今思いついたことだから、よく分からないけれど。

村上龍はこう書いている。
「女のふとももは、ときどき恐竜になる」

かわいい女の子と焼肉を食べに行って、帰りに家によって安くて美味しいワインを飲む。
それ以上に幸福なことがあるだろうか。
でも最近の僕は、いやそうじゃない、ほんとに5年前のお前は、そんなことがしたかったのかと、そうした言葉と感情に、捕らわれてしまう。

たしか伊集院静だっけな、人生は結局、一人遊びだって言ったのは。
ひとりで遊んで、ひとりで楽しんで、ひとりで悲しんで、そしてひとりで死んでいければ、それ以上に幸せなことはないってさ。

俺がやっていることも、一人遊びかもな。この意味も、よく分からないけれど。

2014年に、もう一度ソリチュードを感じることが、できるだろうか。
最近は5年前に聞いた、そんな言葉をよく思い出す。



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